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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)1561号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金五七万七四〇〇円及びこれに対する昭和六一年八月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張〈省略〉

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同2、3の事実のうち、被控訴人が奈良県磯城郡田原本町大字千代字西皆仏二〇八番地、二〇九番地一において、本件店舗の開業を企画したこと、被控訴人が控訴人との間において共存共栄の趣旨で調整の交渉をしたこと、被控訴人が組合との間で三回にわたり出店計画について協議したこと、被控訴人が控訴人との間で昭和六一年一月上旬、名古屋市の被控訴人方において、店舗併設について協議したこと、被控訴人が同年五月二三日、本件店舗を開店したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  被控訴人は、奈良県磯城郡田原本町において本件店舗を開業することを企画し、昭和六〇年七月、右店舗用地所有関係者である平井昭らとの間で本件店舗用建物の確保等に関する準備行為を開始し、併せて同年一一月ころから控訴人ら地元商人に出店概要書を持参して挨拶するなどした。これに対し、大型ディスカウントショップである被控訴人の進出に危惧を抱いた控訴人は、田原本商工会(以下、商工会という。)に対し、被控訴人の営業時間等に関し地元業者との調整をして欲しい旨申し出たことろ、商工会及び組合(以下、商工会らという。)は、委員を選出して被控訴人との調整の仲介の労をとることとなり、同年一二月初めから翌六一年一月初めにかけて三回程、被控訴人と商工会らは協議した。その結果、被控訴人は、商工会らとの間で〈1〉商工会らとの協調を旨とすること、〈2〉取扱商品の品目、〈3〉営業時間、〈4〉営業方法、〈5〉最終合意あるまで、店舗の建築、開業を差し控えることについて合意し、被控訴人は、同年四月中旬ころ、商工会らに対し、右合意事項を記載した確認書と題する書面(甲第一号証)を送付した。なお、被控訴人は、その後、商工会に対し、右確認書の内容から〈5〉の事項を削除した確認書と題する書面(甲第六号証)を送付した。

(二)  他方、同六〇年一二月初めころ、控訴人に対し、被控訴人の右店舗に出店してはどうかとの話しがあり、控訴人もこれに乗り気になり翌六一年一月六日、被控訴人の招請を受けて名古屋市所在の被控訴人の本店において被控訴人代表者水野と話し合った。その際、控訴人は、被控訴人に対し、インショップ(被控訴人の店舗内に出店すること)で出店したい旨申し出たところ、被控訴人から前向きに検討する旨の返答を受けた。その後間もなく、控訴人は、被控訴人からインショップでの出店は困難であること、被控訴人の本件店舗の外に控訴人の店舗を建てて併設する形になる旨の連絡を受け、これを受け容れることとした。

そして、控訴人は、同年一月二五日ころ、被控訴人の社長室長兼店舗開発部長である久松正樹(以下、久松という。)の部下である佐々木勝行から本件店舗の図面を交付されると共に控訴人の店舗の場所の指定を受け、その敷地の使用関係は、被控訴人において土地所有者である平井側と交渉した結果、控訴人の建築する建物は右平井の所有とすること、使用料は、建物敷地が三〇坪、坪当たり金五〇〇〇円で、一か月金一五万円とすることで同人の同意が取れた旨連絡を受けた。しかし、控訴人は、被控訴人の提案する右店舗の位置に同意できなかったので、希望場所を申し出たところ、同年二月中旬ころ、被控訴人から右申出を受け入れ本件店舗の南側の右店舗に隣接した場所に三〇坪の面積の建物を建築することでよい旨の連絡を受けた。なお、右店舗開発部長久松は、新店舗の敷地の購入、賃借、従業員の確保、仕入問題、地元小売業者との折衝等の事務を統括する部署の責任者であり、本件店舗に関しても右業務に従事していた。

そして、被控訴人は同月一九日、控訴人に対し、被控訴人店舗開発部部長久松名をもって同日付けの「昭和六一年二月一九日、アルペン田原本店出店に関し協議した結果、アルペン店舗に併設して、田原本スポーツ店舗を設置し、両者共存共栄の精神を基にして、共同で営業を行なうことを約束した。」と記載した書面(甲第二号証、以下、本件承諾書という。)を交付した。控訴人は、被控訴人から本件承諾書の交付を受けたので、確実に控訴人の右店舗が開設できるものと信じ、右同日以降において、控訴人の取引先に右店舗併設を発表し、一般スポーツ用品等を発注し、同年二月と三月に右新店舗従業員各一名を雇用して開店準備を開始した。

(三)  控訴人は、同年二月中旬までに被控訴人との間で販売商品について協議し、被控訴人から競合商品は販売しないよう申し出を受けたが、スキー用品とゴルフ用品については控訴人の店舗でも販売できるようにすることを求めた。その後、被控訴人と控訴人との協議は継続して行なわれ、同年三月二九日には控訴人と被控訴人代表者水野とが協議し、同年四月初旬、控訴人は、被控訴人に対し、それまで被控訴人と商工会ら及び控訴人との間で合意した内容を確認書(甲第一号証)及び合意証(甲第一四号証)と題する書面に整理・作成して持参し、押印することを求めた。これに対し、被控訴人は、前記のように同月中旬ころ、右確認書に押印して商工会らにこれを送付したが、右合意証については、同月末ころ、「未だ全面的に合意に達しているものとは考えられませんので捺印は控えさせて頂きます。」と記載した同月二五日付け文書を控訴人に送付して押印しなかった。なお、右合意証には、当事者を被控訴人と控訴人とし、本件店舗及び控訴人の店舗の位置等を図示した図面を添付し、控訴人が本件店舗の南側に控訴人の負担において店舗を建設すること、控訴人、被控訴人の店舗の詳細仕様については互いに協議を尽くして円満に決定すること、右両者の店舗の建築、開業については共同歩調をとり、単独の抜け駆け行為をしないこと等の条項が記載されていた。

更に、控訴人は、同年四月二三日ころ、被控訴人に対し、スキー用品の販売ができるようにすることを求めて協議し、被控訴人において、一、二週間後に返答する旨の回答をした後、今日に至るも何らの回答がなされていない。また、控訴人は、同月下旬ころ、被控訴人代表者水野に対し、被控訴人の本件店舗工事が進行しているが、控訴人の店舗が建設できず開店に間に合わないことを訴えたところ、右水野は、仮設の店舗でもよい旨答えたので、控訴人は、仮設店舗の建築を準備するなどしたが、その後、被控訴人から同年一〇月ころに開店できればよいなどと言われ、最終的に被控訴人の同意が得られなかったため右建築もできず、また、被控訴人に対し話合いの継続を求めても、被控訴人は、同年五月以降、控訴人に対し、何らの理由を述べることなくこれに応じず、かつ、右交渉を打ち切るとも、右契約を締結できなくなったとも、あるいはその意思を失ったとも何ら通告することなく今日に至っている。

(四)  なお、控訴人は、被控訴人との右交渉過程を通じて、被控訴人から、控訴人の店舗を建築するには土地所有者の同意を得ることが必要であり、これが得られないときは右建築ができず、控訴人の店舗を併設営業するとの被控訴人との約束を守ることができなくなるとか、右土地所有者の同意は控訴人において得なければならないというような説明を全く受けておらず、かえって前記のとおり土地所有者の右同意を得た旨告げられている。

(五)  被控訴人は、同年三月中旬、本件店舗建築工事に着手し、同年五月二三日、右店舗を開店した。本件店舗敷地は平井義信所有の土地であるところ、被控訴人は、これを賃借して右店舗を建築したのであるが、契約書上は、右平井義信の子である平井昭が被控訴人の提供する資金七五〇〇万円(なお、右を超える工事費は被控訴人の負担とされている。)をもって本件店舗を建築し、これを被控訴人に賃貸し、右店舗賃料は右資金として提供を受けた金七五〇〇万円をこれに当てることとされている。

以上の事実を認めることができ、原、当審証人久松の証言のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、控訴人は、商工会らの仲介を得ながら、本件店舗の開業を企画・実行する被控訴人との間において、本件店舗に控訴人の店舗を併設し営業することについての契約(以下、本件店舗併設契約という。)を締結すべく交渉し、本件店舗に控訴人の店舗を併設して営業すること、右併設店舗の建築場所、面積及び販売商品の概略について合意に達したが、競合商品二点の調整、店舗仕様の詳細等について最終的な合意に達しないまま、被控訴人において本件店舗を単独開店し、控訴人との右契約締結に関する協議に全く応じず、事実上右契約を締結できず今日に至ったものということができる。

もっとも、被控訴人は、本件店舗併設契約が締結されなかったのは、〈1〉右店舗併設について敷地所有者平井の同意が得られなかったこと、〈2〉控訴人と被控訴人との間の商品競合の回避、控訴人店舗の位置、面積、構造の決定、店舗のレイアウトの統一、開閉店時刻の統一、宣伝広告の方法等について具体的な決定に至らなかったためである旨主張するが、右〈1〉については、これに沿う原、当審証人久松の証言は、原(第一、二回)、当審における控訴人本人尋問の結果等前掲各証拠に照らして措信し難く、ほかに右事実を認めるに足る証拠はなく、また、右〈2〉については、控訴人店舗の位置、面積について合意に達していたことは前記認定のとおりであり、また、その余の事項について最終的な合意に達していなかったことは原審証人久松の証言等からも窺われるが、これが本件店舗併設契約が締結できなかった理由と認められないことは、前記認定事実によっても、また、原、当審証人久松の証言、原(第一、二回)、当審における控訴人本人尋問の結果に徴しても明らかである。よって、被控訴人の右主張は採用の限りでない。

三  そこで、控訴人の損害賠償請求の成否について案ずるに、右事実関係によると、控訴人と被控訴人は、昭和六一年一月被控訴人の企画している本件店舗に控訴人の店舗を併設して営業することを基本的に了承し、これに基づき本件店舗併設契約の締結に向けその内容となるべき事項について交渉を始め、一部の事項につき合意に達したものの、同年五月以降交渉がとだえて残余の事項につき合意ができず、結局右契約は成立するに至っていないのであって、右合意事項は本件店舗併設契約が成立したとき確定的にその内容となるのであるから、被控訴人に対し、右契約によって生ずる債務の不履行責任はもとより、右合意の債務不履行責任を問うこともできないというほかなく、したがって控訴人の右不履行による損害賠償の請求は失当というべきである。しかし、控訴人は右契約の締結ができるものと信じたことによる損害の賠償をも請求しており、その趣旨とするところは、本件店舗併設契約準備段階における被控訴人の信義則上の注意義務違反の行為を理由に損害賠償を請求するにあると解することができる(被控訴人もこれを「契約締結上の過失責任」の主張としてとらえ応答している。)ので、以下検討する。

前記認定の事実関係によると、被控訴人は、本件店舗開業に当たり控訴人との利害調整のため、商工会らとの協議を経て、控訴人と本件店舗併設契約締結交渉を開始し、右契約締結に向けて緊密な関係に立つに至ったものというべきであるから、その交渉の過程において、控訴人の人格、財産等を害しないよう配慮すべき信義則上の注意義務を負い、右注意義務に違反して控訴人に損害を被らせたときは、これを賠償する責任を負うものというべきである(最高裁昭和五九年九月一八日第三小法廷判決・判例時報一一三七号五一頁参照)。

しかるところ、前記のとおり、被控訴人は、同年一月控訴人の店舗併設を了承し、同年二月本件承諾書を控訴人に交付し、その建築位置、面積及び敷地所有者の承諾を得るなど、本件店舗併設契約の主たる内容について合意に達し、あるいは同年四月控訴人の店舗開設に向けてその時期等を示唆するなどしたのであるから、控訴人において、右契約が成立し、右店舗が開設できるものと信じ、その締結交渉に努め、開設準備を開始するのは無理からぬところであるところ、被控訴人は、控訴人が右契約締結を強く望み、その契約の残余の事項について交渉を求めているにも拘らず、その後、右契約を締結できない理由等について何らの説明もせず、控訴人の交渉継続の申出に対し明確な返答をすることさえもなく放置して事実上右契約締結を拒否し(なお、被控訴人は、控訴人に対し、本件承諾書を交付した後本件店舗併設契約締結の可能性を残して交渉を継続する姿勢を示しながら、本件店舗の建築を進行・完成させ、開業するに至るや、控訴人との右契約締結を事実上拒否するに至ったものと認めることさえできる。)、その結果、後記のような損害を控訴人に被らしめるに至ったものというべきであるから、被控訴人の右行為は、契約締結の交渉過程において相手方に損害を与えないように配慮すべき注意義務に著しく反するものというほかない。

よって、被控訴人は、右行為により控訴人が被った損害を賠償する責任がある。

四  すすんで、損害について検討する。

1  逸失利益

控訴人は、控訴人の新店舗が開設されたことを前提に向後二年間に得べかりし利益を損害である旨主張するが、右逸失利益は、本件店舗併設契約が成立したときに初めて発生するものというべきであるし、また、その利益を挙げるには右契約締結後に店舗建築等控訴人においてなすべき重要な事項も存在するのであるから、右逸失利益をもって被控訴人の前記行為による損害ということはできない。

2  人件費

控訴人が控訴人の新店舗用の従業員として、昭和六一年二月、三月に各一名雇用したことは前記認定のとおりであるところ、右認定の事実に原審における控訴人本人尋問の結果(第二回)、同結果により真正に成立したものと認められる甲第九号証及び弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は、右のようにして雇用した従業員のうち三月に雇用した従業員については専門学校を出てから間がなかったので即時退職させることが事実上困難なため控訴人の他の店舗において稼働させたこと、控訴人は、二月に雇用した従業員に対し、二、三月分の給料等として合計金一三万六七三〇円を、三月に雇用した従業員に対し、同年三月から翌六二年五月まで給料等として合計金二一八万一三九〇円(うち、同六一年三月から同五月までの給料等合計金三七万〇六七〇円)を支払ったことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、控訴人は本件店舗併設契約が締結されるものと信じて右店舗の営業に必要な従業員二名雇用するに至ったものというべきところ、前記のような交渉経過と労基法二〇条一項により労働者を解雇する際には三〇日前に予告をするか、同日分の予告手当を支払わなければならないことに徴すると、控訴人が右従業員に支払った給料等のうち、少なくとも昭和六一年二月から五月までの給料合計金五〇万七四〇〇円は被控訴人の前記行為と相当因果関係のある損害というべきである。

なお、被控訴人は、右給料等が控訴人の経営する店舗の他の部署で勤務した対価として支払われた給与であるから損害といえない旨主張するが、これを認めるに足る証拠はないし、昭和六一年二月から五月までの間、控訴人の経営する店舗で現有人員以上の従業員を必要としていたことも、また控訴人が右従業員二名をその店舗で働かせたことによって利益を挙げたことも、これを認めるべき資料がない。

3  交渉費用等

前記認定事実に原審における控訴人本人尋問の結果(第二回)及び弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は、被控訴人との本件店舗併設契約交渉のため名古屋市所在の被控訴人の本店へ同年二月以降少なくとも七回赴き、その費用等として少なくとも一回当たり金一万円(合計金七万円)を支出したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によると、控訴人は、被控訴人の前記行為により交渉費用等合計金七万円の損害を被ったということができる。

なお、控訴人は、右交渉のために一日当たり金一万六〇〇〇円ないし二万四〇〇〇円相当の労力の損失を被った旨主張するところ、本件全証拠によるも右事実を認めるに足る証拠はない。

4  物的、精神的損害

控訴人は、併設店舗による営業のため仕入先に相当額の商品を発注したが、これをキャンセルせざるを得なくなり、業界の面目を失し、社会的名誉、信用を傷つけられた旨主張する。よって案ずるに、控訴人が併設店舗による営業のため仕入先に相当額の商品を発注したことは前記認定のとおりであるところ、原審(第二回)において控訴人は、本件店舗併設契約が締結されないため、これをキャンセルせざるを得なくなったことにより控訴人が業界の面目を失した旨述べるが、右供述は、具体性がなく直ちに採用し得るものではなく、ほかに控訴人が右キャンセルをせざるを得なかったことにより社会的名誉、信用を傷つけられたことを認めるに足る証拠はない。

5  したがって、被控訴人は、控訴人に対し、損害金五七万七四〇〇円の賠償義務を負うものというべきである。

五  以上の次第で、控訴人の本件請求は、損害金五七万七四〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと異なる原判決は一部不当であるから主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川 恭 裁判官 松山恒昭 裁判官 大石貢二は、転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官 石川 恭)

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